《MUMEI》

作り手とすれば、最高の顔を雅彦が見せてくれたから、つい私は手を伸ばして雅彦の頭を撫でた。


「はい、もう一口」


気を良くした私は、雅彦にケーキをすすめた。


「ち、蝶子ちゃん…」

「ん?」


雅彦の表情が固まった。


雅彦は、無言で、ある方向を指差した。


「…げ」


そこには


ガラス張りの作業スペースから、こちらを鬼のような形相で睨む俊彦がいた。


まるで、檻に閉じ込められた猛獣のようだ。


「わ、私、そろそろ帰るね!」

「そそそ、そうだね! じゃ、会計しようか!」


私と雅彦は、お互い棒読みで、ぎこちない動きで席を立った。


「雅彦、あれ、後で食べていいからね」

「うん」


会計のレジで、私達は早口で会話を済ませた。


「伊東様」


(『伊東様』?)


俊彦が、ものすごい営業スマイルで、私達の近くに来た。


「な、何ですか?」


私は思わず雅彦の陰に隠れた。


俊彦の目が座っていたから。


「お忘れ物がございますよ」


「? いいえ?」


おつりも、買った靴もしっかりもらった。


「…兄貴? 今日は午後のお客様の中から選ぶんだろう?」

「うるさ〜い!雅彦!」

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