《MUMEI》 今は冷静に物事を考えるべきだ、と何をするわけでもなく唯々辺りを歩き回り始めていた 「随分と憂えた顔だね、お兄さん」 その背後から、不意に声が聞こえ 雪月はゆるりとした動きで首だけを振り向かせる 見た先に居たのは一人の花魁 どうやら花街へと辿り着いてしまったらしく、慌てて踵を返した 「ちょっとお待ちよ。アンタ、今困ってるんだろう?少し位話聞いておいきよ」 袖を掴まれ、脚を止められる 都合よく手近にあった長椅子へと半ば強制的に座らされると 花魁は雪月の向かいに腰を降ろし、煙管を銜えた そして 「……桜の門扉、その在処をアンタ知りたいんだろう?」 唐突に本題に入った 何かを知っているらしい花魁に、雪月は表情を強張らせて 詳しい話を、と居住まいを正す 「この近所にデカい鳥居があるだろう?私も噂でしか聞いた事はないけど、そこは別の世界に通じてるって、お客が話しているのを聞いた事があるよ」 単なる作り話だろうけど、と笑う花魁 だが、そんな不確かな情報にすら今は縋りたくて 話が一段落つくと立ち上がり 彼女へ向け深々と頭を下げ走り出していた 走り続け、目的地へと到着した雪月 巨大な鳥居を前に暫く眺めて そして一歩、鳥居の下を潜りに入る 次の、瞬間 突然の花風、白く霞む視界 意識すらその白濁に支配され、己を失ってしまう様な感覚に苛まれる そして花風がようやく止み 眼前に広がった景色は桜の林 満開に咲く桜の色は同じ だが、何故か見えるその色に違和感を覚えてしまう 「ここは、一体……」 辺りを窺う雪月、その目の前に 見覚えのある人影が現れた 「やっぱり来れたみたいだね。お兄さん。アンタなら、扉を抜けられると思ってたよ」 花街にて出会った花魁 雪月を見、穏やかな笑みを浮かべながら、降る花弁を手の平に受け止めて その様子は随分と落ち着いたものだった 「……ここが何所だか、知りたいかい?」 今、最も問い質してやりたい疑問 それを、花魁はどうやら知っている様で 雪月は説明を求める 「知っているなら教えて下さい。ここは一体……」 「花弁の墓場。ここは、そう呼ばれてる」 返された答えは、だが聞いて理解出来るものではなく 訝し気な表情がつい浮かんだ 「人は皆未練を残してこの世から去っていく。その魂達が花弁になってここに咲き積もっていくんだ」 つまり此処は死人の溜まり場で そう聞けば、此処に咲く桜に感じた違和感の理由が、何となくだが分かる気がした 「あの子を助けたいんだろう?なら早くした方がいい。早くしないと食われちまうから」 花魁から雪月への忠告 しかしその言葉の真意がわからない雪月は小首を傾げながら 「あなたは、一体何を知って……?」 問いかける最中 雪月の背後に人の影が現れた すぐ様その気配を感じ取った雪月は抜刀し 振って向けた刃が高い金属音を響かせた 「やはり扉を超えられたか、雪月。成程(あの方)が欲しがる筈だ」 耳馴染みの声 その声へ、雪月は無感情な表情・声をして向ける 「御頭首、あなたも此処に?」 「当然。私は死人だぞ」 端的な会話の後 刃を弾き、身を翻しながら距離を取り 雪月も改めて身構える 「……素晴らしいな。人と、全く違わぬ」 何故か楽しげな声 まじまじと雪月を眺めるばかりの相手に不快感を抱きながら 地を蹴りつけ刀を相手へとまた振って降ろしていた 肉を裁つ感触 相手の腹部へと深々と刃を入れ、だが血液が飛び散る事はなく 雪乃の時と同じく その全身が、花弁へと姿を変えていった 「……無駄だ。私は元より亡者、お前には私は殺せぬ」 嘲笑混じりの声が聞こえ、そのまま気配は無くなる 後に残るは静けさ 無言のまま立ち尽くす雪月へ、 花魁がその肩を軽く叩きながら 「行こうか、お兄さん。こんな所でつっ立ってたって仕方ないだろう?」 林立する桜木の奥を指で差す その先には何がある訳でもなく、唯ひたすらに薄紅が散っているだけ 何があるのかと問うてみれば 「この先にあるのは魂魄の街。運が良ければアンタの探し人も見つかるかもしれない」 との返答があり、花魁は雪月の手を取った 何事か、と驚いた雪月に 前へ |次へ |
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