《MUMEI》
春日有希
「オレ―……学校辞めようかな…」

――また出た。

流理はこのセリフを今までに何度も吐いている。

その度にオレが説教してやっていた。

「……今度はなんで?」

「仕事、頑張ってみようかなって思うんだ」

――え…?

「だ…だってさ、『春日有希』はこれから誰がやる訳?…オレしかいないだろ?」

――そんな簡単に言うなよ。お前にオレがどんな思いで『春日有希』をやっていたかわかるか?

毎日がむしゃらに働いた。

笑って、歌って、踊って、演技して―…。

笑いたくなくても、笑い続けた。

天使と呼ばれた笑顔をふりまき、カメラのレンズを見つめた。

頑張れば頑張る程、人気も給料もうなぎ上り。

だけどそれを妬むヤツもいた。

殴られたりもした。

嫌がらせもたくさん受けた。

あることないことを雑誌や新聞に書かれたりした。

でもオレは逃げなかった。

むしろぶつかっていった。

負けてはいけなかったから。

生き残るためには戦うしかなかった。

それに――…流理のためだと思ったら耐えられた。

流理が楽しく暮らせるなら辛くない。

流理が苦労せずに生活できるように、学校に通えるように。

そのために失ったものは大きい。

犠牲にした自分の気持ちもいっぱいある。

――流理、お前わかって言ってんのか?

『春日有希』になる、ということは、自分の人生を捨てる、ということ。

大切な人のために未来を捧げるということなんだ。

お前にそれだけの覚悟があるか?

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