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《MUMEI》 男ありけり漆黒。 そう、それは暗く、眼を開けているのかどうかさえも疑いたくなるような闇。 上も、下も。右も、左も。己の感覚のすべてを疑ってしまうような漆黒の闇。 その闇にあって、ただただ光を放つ道がある。 すべてを惑わす闇の中に堂々と居座る道がある。 その道に一人の男ありけり。 その鋭い眼光はまるで獲物を狙う鷹のようであり、堅く結ばれた口には、この場所にいることに対する、不満が表れていた。 男は立ち止まった。 いや、立ち止まらざるを得なかったのだ。 闇の中にある道は一本道である。 ところが、男の前には明らかにこの世のものとは思えない異形の物が立っている。 ざっとみて男の三倍はあるであろう異形の物を見上げ、男はつぶやいた。 男『ここはどこだ…』 しばしの間沈黙が続く。異形の物はただ男を見下ろすばかりである。 男『…お前も今までの奴らと同じか…ならば用はない』 そう言うやいなや男は腰の刀に手をかけた。 鈍い音が辺りに響きわたる。 後に残ったものは、ただの肉の塊と化した異形の物、そして返り血を浴び、赤く染まった男のみであった。 男は着物の裾で刀についた血を拭き取ると刀を鞘にしまい、今まで異形の物によって遮られていた道を進もうとする。 男は既にこのような場面を幾度も体験していた。 目の前には闇に浮かぶ一本道。その他には何もない。 己の意志とは関係なく、進むことしかできないのだ。 そして、道を進むと必ず異形の物が道を塞ぐ。 そのたびに男は問う。 ―ここはどこか と。 異形の物は答えなかった。 そして、次の瞬間、肉の塊へと変わるのだ。 この繰り返しであった。 男は苛立っていた。が、しかし、それに反し穏やかでもあった。 人間の世界と変わらないではないか。 そう思ったからだ。 起き、喰い、出し、そして眠りにつく。 それを死ぬまで繰り返す。 ―果たして何のために生きているのだろうか― そう考えていた矢先であった。 ―これは、これは恐ろしや― 道からではない。闇の中から声がする。 ―ホホホホホ。おぬしからは血の臭いしかせぬ― 甲高い笑い声が近づいてくる。 『…誰だ』 男はつぶやいた。 ふと気づくと目の前に般若がいた。 ―ホホホホ。よくぞおいでなすった― 男には般若の面が笑ったように見えた。 つづく 次へ |
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