《MUMEI》

「ありがとうございます」

私は孝太と並んで座った。

店内が狭いから、距離が近かったが、曲が流れると、お互いそちらに集中しているから、気にはならなかった。


隣で時々孝太の歌が聴こえたが、それも特に邪魔にはならず、むしろ心地良かった。


私は軽く目を閉じて、アーティストの歌声と、ピアノ・ギター・サックスの演奏と


それから


孝太の歌声に


聴き入っていた。


「う〜ん、いい選曲だ」


店長が満足そうに言っているのが聴こえた。


(あ…コーヒーと、タバコの匂い)


多分店長だろうが…


その二つも、この雰囲気にぴったりだなと私は思った。


このアルバムには、十曲が収録されている。


さすがに全部聴くわけにはいかないが…


(この次だけ…)


一番好きな曲だけ聴いたら、店を出ようと私は思っていた。


その時。


孝太の携帯のバイブが響いた。


「うるさい」


ピッ


孝太は電源を切った。


「い、いいの?」


「これだけ聴いたらまたかける」


孝太が『これだけ』と言った曲は、私も『これだけ』と思っていた曲だった。


(不思議だなぁ)


私と孝太は本当に好みが似ていた。

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