《MUMEI》
“黄泉”
闇に浮かぶ一本の道。

その道に、男と般若ありけり。



『…お前は口がきけるようだな…』

男はそうつぶやき、その鷹のような鋭い眼光で般若を睨んだ。


―ホホホホホ。おー怖い怖い。おぬしの眼は刀のように鋭いのう―


甲高い声が闇に響く。

『お前は誰だ』

男は般若に向かって言った。

―ホホホ。まろは般若じゃ―

男はチッと舌を鳴らした。
目の前にいる者はこれまでのような異形の物とは違い、背丈も男ほどしかない。
首もとは鎖帷子(くさりかたびら)、紫の着物に、腰には短刀。そして顔には般若の面。

これだけのなかで特徴的なものといえば不気味な面もちの般若の面しかない。

見れば解ることを答えられ、男は苛立ったのだ。

男は改めて般若を見渡す。
これまでの者たちとは違い、容姿は異形ではない。

いや、違う。

容姿のみが異形ではないのだ。

その般若が放つ不気味さは、周りの闇と同じく果てを感じさせなかった。
一瞬たりとも気を抜こうものならば、その闇の中へと引きずり込まれそうになる。そのような雰囲気が般若からは発せられていた。


―ここはどこだ―

般若が発した言葉は、男の目を見開かせた。

―ホホホホホ。今おぬしはそう言おうとしたのであろう―


男の首に一筋の汗が流れた。

―ホホホホホ。そう驚かなくてもよい。まろはすべてを知っておる。―


『ならば話は早い。答えろ。ここはどこだ…』

男はその鋭い眼光に苛立ちを込めたような視線で般若を睨んだ。


―ホホホホホ。おー怖い、怖い。その眼。今にもまろに噛みつきそうじゃ―


男は刀に手を当て、言った。

『…答えろ』

―ホホホホホ。斬られる前に答えるとしようぞ―
そう言うと般若は甲高い声で言った。


―ここは黄泉の世界。
生亡くしし者が集う、死への通り道じゃ―


『…黄泉の…世界…』

男はつぶやき、そして自嘲するかのように口元を緩めた。

この男の名もまた「黄泉」であったのだ。

親は知らない。物心ついた頃にはもういなかった。唯一親からもらったものと言えば…名くらいしかない。
しかし、親からもらった名すらも、今自分がいるこの不気味な世界と同じだと思うと、ますます親は自分にとって何なのか問いたくもなる。

―ホホホホホ。―

不気味な笑い声だけが闇に響いた。


つづく

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