《MUMEI》
孝太の場合
「いい加減に…」


「その手を離せ、和馬」


猫の機嫌を取るように、私の首筋を撫でる和馬の手を、孝太が掴んだ。


和馬はそんな孝太に一瞬驚いたようだが


「はいはい」


すぐに言われた通り、私から手を離した。


「今度は、俺の番だな」


「珍しいな、孝太が進んで話すなんて」


「俺が俊彦に会ったのは、学校帰りにいつも寄るカフェでだった」


孝太は和馬を無視して話し始めた。


「その時俊彦は、俺の指定席である窓際の席に陣取って、双眼鏡で道行く女子高生達の足を観察していた」

「…変態じゃない」


「双眼鏡までは使わないけど、孝太もそこで同じ事してたんだよ」


(つまり、変態仲間か)


私は眉間にしわを寄せた。

「別に、お前が道行く女達を採点してるのと、変わらないだろう?」


「俺はトータルバランスをちゃんと見てるよ」


威張って言う台詞じゃないと、私は思った。


「…で?」


「いざ大学を卒業する時になって、就職に迷ってたら、俊彦に誘われたから来た。

そしたら和馬がいた」


(就職に迷ってって…)


「せっかく東大出たのに?」


他にもっとやりたい事は無かったのだろうか。

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