《MUMEI》

「あぁ。…おい、由香利(ゆかり)」


圭介さんは、厨房の一角でコロッケを揚げている女性を呼んだ。


ちょっと太めの、優しそうな女性が汗を拭いながら圭介さんの隣に並んだ。


圭介さんは、祐介さんと一緒で、一重で目が細いが


隣の女性は二重でパッチリとした大きな目が印象的だった。


「去年、結婚したんだ。
由香利、こっちは『クローバー』の伊東蝶子ちゃん」

私と由香利さんは、お肉の入ったショーケース越しに頭を下げた。


「『クローバー』って事は、今日は咲子さんのお使い?」


「はい、あの。鶏肉を…」

「用意出来てるよ」


圭介さんが冷蔵庫からビニール袋を取り出した。


(あ、お金もらってない!)

今更気付いた私に


「お金は、月末まとめてもらうからね」


由香利さんが笑いながら言った。


「あ、…はい」


私は照れながら、鶏肉を受け取った。


「今日は、祐介さんは?」

「隣の仕込みしてるよ、…呼ぶ?」


「いえ!」


祐介さんはいい人だけれど、…話が長い。


「…そうだね。またおいで」


「今度はコロッケも買ってね」


「ありがとうございます」

私は『白石肉屋』を後にした

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