《MUMEI》
人間不信
楽しい時間は環の仕事の時間が来て終わった。

「楽しかったです。また呼んでくださいね!」

「ハイ。手伝わせてしまってすみませんでした。新しい家に移って落ち着いたら、また呼びます」

「あ、その時は手伝わせてください!私、流理さんとならどんなに大変でも大丈夫ですよ」

「でも……」

「絶対ですよ!?…じゃあお邪魔しました」

「環さん」

小さく呼ぶと、環は振り向いた。

流理は黙って環の手を取り、引いた。

環も何も言わずにおとなしく従う。

流理が顔を近付けても、腰に手をやって身体と身体をくっつけて抱き締めても、環は悲鳴をあげなかった。

「………本当に今日はありがとうございました」

「流理さん―…背、伸びました?」

「え?」

「首をあげる角度が急になってる気がするんです」

全然気付かなかった。まだ身長伸びてるんだったら、衣装のサイズとか変わってくる。

「いいですね。男の子って。まだ身長伸びるなんてうらやましいです」

「そうですか?…あっ、引き止めてしまってすみませんでした!お仕事頑張ってください」

「ハイ。さようなら」

――頼れる大人がいないなんて嘘だ。

環さんがいる。

環さんはオレの心を優しく包んでくれる。

もう既にオレの癒しになってるよ。

この人とずっと一緒にいたいと思った。

可愛らしいけど実はオレより年上だし、しっかりしてるところもある。

荷造りしている時だってすごく手早くて、作業がスムーズに進んでびっくりした。

オレと有理はどうやら人間不信らしい。

やっぱ両親が死んだ後、親戚達が誰もオレ達を見て見ないふりをしていたことが影響してるのだろう。

意識はしてないつもりでも、傷付いた記憶やトラウマは拭い去れないものなんだな。

……いつか…信じられるようになるかな?

オレも有理も…この自然と人を信じようとしない心を、まわりには環さんやマネージャー、他のタレント達やスタッフが『春日有希』を支え、創っていることで変えられないだろうか?

これからオレと有理は当たり前だけど年をとる。

大人になるにつれて、結婚とか子供とかで一緒にはいられなくなる時が近付いている。

それが世の中というものなんだろうし、仕方のないことだ。

だから有理のために何かをできるのは今のうち。

有理とひとつ屋根の下で眠ったり、食事したり、話したりできるのも今のうち。

ふたりで一緒に変わっていこうな。

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