《MUMEI》

「あー‥‥あ、あやこ?」

「ごめ、ん、何でも、」

初めて見る彼女の泣き顔に戸惑う、奇しくもこれが、今日初めて見た恋人の感情だった。
がたがたと軋む歯車の噛み合わせ、目を逸らしてほったらかしていたぶんだけ大きな金切り声をあげる。

「どうしたよ、さっきのなら謝るから。な?」

とうとう両手で顔を覆って泣きだす彼女に声をかけるけれど、自分の声はまるで通りすがりの人間にかける声のようにひどく乾いていた。
付き合いたてのころは終電に間に合うように帰ろうとするコイツを引き止めるのに必死だったな、再び脳内で起こるフラッシュバック。今恋人に手を伸ばして抱き締めてやる気すら起こらないのがその証明だ。

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