《MUMEI》 テーブルの間を縫うように店員が行き交っている、その中には彼女の姿も見えた。いつもより化粧が濃い、酔っ払いのセクハラを慣れた手つきで宥めている。 何だ、アイツも平気そうじゃん 駒鼠のようにせわしく真面目に働く彼女の姿に少しだけ安堵していた矢先のことだった。 タイミングが非常に悪かった。 しつこい酔っ払いを諫める彼女の後ろ側の席に座っていた若いカップルが席を立った。その女のほうの肩が、彼女が片手に持っていたビールとカクテルを乗せた盆に当たった。もともと不安定だった盆は彼女の手を支点に、そのまま反転して引っくり返った。強化ガラスでできたグラスは割れなかったが、その中身は彼女に絡んでいた酔っ払いの、もう寂しくなっている頭に滑り落ちた。 前へ |次へ |
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