《MUMEI》
現実ト理想ノ狭間
「じゃあ……有理がどうしてオレに『春日有希』にならせたのかは秘密に?」

「ああ……。そういうことで頼む」

――たまに思うけど、有理はまだ“歩けない”という現実を受け入れられていないように見える。

確かに受け入れ難い。オレだって、「もう歩けません」なんて言われたら絶対これは夢なんだって思いたくなる。

有理は戦っている。

夢見ていた光輝く将来の人生への心残り。街を颯爽と歩き、一世を風靡して、若者の流行の最先端をいく自分。『春日有希』というカリスマ性を持つひとりの人間として活躍していたあの日々を忘れること。

車椅子に乗り、街を歩けば邪魔もの扱いされたり、理解のない人間に偏見や差別の眼差しで見られたりする。オシャレなお店にも入れない。ひとりでできないことや、つらい思いをすることが増える。

――有理はオレが活躍していればそれでいいと言うけど、絶対にそんなはずがない。

オレが活躍すればする程、有理は寂しくなる。

『あれは本当はオレだったんだよな。歩けなくならなければ、今頃あそこにはオレが……』

――そうなるんだ。そうなってるんだ。

「有理―…車椅子でも活動はしないの?」

「何の活動?」

「芸能界の活動」

「しない」

有理はきっぱりと断った。
「オレ決めたんだよ。『春日有希』を流理に渡して、オレは他の何かを見つけようって」

「他の何か?」

「…そう。オレはただ歩けないだけで後は何にも問題はないからな」

「そっか……」

見つけて欲しい。

今の有理にできることを。

そうすればオレが救われる。

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