《MUMEI》
*無知*
「いえ、そうはいきません」

もしも気付かないままでいたなら、どうなっていた事か。

紫堂の顔色がみるみる内に青ざめて行く。

「すみません‥」

すると瑠果は、忘れかけた記憶を辿るように話し始めた。

「‥‥昔──‥赤ん坊の頃にこの手に火傷をしてな。感覚が鈍くなったのは‥‥どうやら、そのせいらしい」

瑠果が手を出すと、紫堂はそっと触れてみる。

瑠果とは何度も手を繋いでいたが、それはいつも右手だった。

左手は触れた事がなかったので、今まで気付かなかったのである。

その手のひらには確かに普通の皮膚の感触はなく、使い込んだように固くなっていた。

「だからこの程度ならば何の問題も無い」

そう言って瑠果は笑顔を見せた。

だが紫堂の顔色は変わらない。

自分が何も知らなかったという事に気付き、どうしようもなくいたたまれない気持ちに駆られていた。

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