《MUMEI》

抱きしめたまま動くことをしない雪月へ、雪乃は心配そうな顔をして向ける
その小さな手が頬に触れ、温もりに現実の実感を得た
「……すいません。何でも、ないんです」
見上げてくる雪乃へ
安堵に緩んだ声で返しながら、柔らかな雪乃の髪を指先で梳いてやる
それがくすぐったいのか、雪乃は身を竦めた
「くすぐったいよ、雪月」
そう訴えてくる雪乃の声に安堵し、
肩を撫で下した
次の瞬間
庭に、大量の桜が舞い始めた
目の前を彩る薄紅に、雪月は何かの気配を感じ身を構える
薄紅の向こう見えたのは人の影、穏やかに聞こえる声
「……突然にごめんよ。墓地はどこか教えて貰えないかい?」
朧げなのはその姿
見える影はどうやら女性の様で、雪月は体勢はそのままに、だが問いに対する返答をしてやった
「この道を真っ直ぐ行った丘の上に墓群があります」
行くのならば気をつけて、と社交辞令をつけ足せば
影は深々一礼し、姿を消していた
それと同時に桜は地へと落ち、花風がが止んで
不可思議だと怪訝な表情を浮かべる雪月へ、雪乃が不意にその袖を引く
「どうしたんですか?雪乃」
柔らかく顔を崩しながら尋ねれば
「あのね。雪乃、父上のお墓参りに行きたいの」
と唐突な申し出
いきなりなソレに雪月は驚き、何事かをつい問うていた
「雪乃ね、父上の夢を見たの。父上なんだか寂しそうだった、だから会いに行きたいの」
連れて行って欲しい、と懇願され
雪月が否を唱える事など出来る筈もなく、当然の様に承諾していた
「分かりました。なら雪乃、着物を着換えましょう。寝巻のままではいけませんから」
頭を撫でながら言ってやれば
満面の笑みを浮かべ、雪乃は寝巻を脱いで捨てた
慌てる様に外着へと着替えると、草履を突っ掛け外へ
早く、と雪月を急かす
「雪乃、待って下さい。そんなに走ると転びますよ」
先を走る雪乃の後、ゆるりと歩きながら雪月は穏やかに声を向ける
だが雪乃は足を緩める様子はなく、結局は墓地まで走る事を続けて
着いたソコには先客の姿があった
二人の気配に気づいた先客が徐に顔をあげ
「……不思議なものだな。自分の墓石を目の前にしてみると」
呟く横顔に、雪月は見覚えがあった
花弁の墓場に居る筈の雪乃の父親、現所へと出てこられたのか、己が墓の前に、だが表情一つ変えることはない
「何故、此処に居るんですか?御頭首」
低く、雪月の声が問えばその肩が僅かに揺れて
「扉は、開かれた。花弁が満ち、この世は終わる」
以前の問答と同じ返答を返してきた
互いの間に流れる空気は穏やかなソレなどではなく
その空気に怯えたらしい雪乃が雪月の袖を引いた
「雪乃?」
「……あの人、恐いの。すごく恐い……」
何か異様なものを感じるのか、ひどく怯え雪月の後ろへと身を隠す雪乃へ
父親は一歩、また一歩と近く歩み寄ってくる
素早く抜刀し、雪乃を庇う様に立つ雪月へ刀を振って降ろしていた
だがそれを甘んじて受けてやる義理などなく雪月もまた抜刀しそれを防ぎ止めて
静かな墓地に、高い金属音が響く
「……やはり、邪魔をするか」
苛立った様子で雪月を睨めつける相手
その形相はひどく凶悪なソレで、だが雪月は怯む事はなく無言で対峙するだけ
何を言っても最早無意味なのだと
刀を返し、相手と距離を取る
「……お前を雪乃にやったのは間違いだった。今、この時になって儂の前に立塞がるとは」
「桜の門扉は開かれた。もう雪乃を殺す理由などあなたにはない筈です。なのに何故……」
「花弁が必要になった。まだ足りぬ、この世を覆い尽くすには」
「一体あなたは何をしようとしているんですか?御頭首」
「言う必要はない。退け!」
また刀が重なり、
強すぎる力に、雪月の身は後ろへと押しやられ、草履が土を抉っていった
「雪月!」
雪乃の叫ぶ声が鳴り、その小さな影が父親の元へと走り寄る
その着物の裾を強く引きながら
「雪月を苛めないで!」
必死になって止める雪乃へ
父親は更に苛立った様子を見せ、雪月の刃を弾くと雪乃へと向け刃を振って下ろす
子供ながらに危険だと感じたのか、だがどうする事も出来ず痛みに耐えるため眼を強く閉じる
肉を断ち切られる鈍い音

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