《MUMEI》

俊彦は、成長期で、一年で五センチ身長が伸びた事を、私は思い出していた。


(意外と忘れないものだな…)


私はため息をついた。


俊彦と和馬の会話が途切れてからは、更衣室には雨音だけが聞こえていた。


着替えを終えた私は扉を開けた。


「着替えた」


見ればわかるのに、一々報告してしまった。


俊彦は、『うん』とだけ言った。


「うわ、可愛い!」


私の姿を見た和馬が歓声をあげた。


「…は?」


(どこが?)


「…男物を着る女は王道だ」


「…何の?」


孝太の言葉に私は首を傾げた。


「いやらしい目で蝶子ちゃんを見ないの!」


俊彦は、軽い口調で二人に接する。


(いまいち、わからないな…)


この俊彦が、素の俊彦なら、時々垣間見るあの真面目な俊彦はなんなのだろうか。


「何? 蝶子ちゃん。やっと俺の魅力に気付いてくれた?」


「全然」


「酷い!」


(やっぱり、こっちが俊彦だよな)


私は、靴を履いて帰ろうとした。


「あれ?」


履いてきたスニーカーが無い。


かわりに、別の、新品の黒いスニーカーが置かれていた。


「前のはもう古くなってたし…勝手にごめん」

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