《MUMEI》
本心。
そこには花束を持ったユウさんが立っていた。




『…ユウさん?』




『…私が……私が検査内容の書類をちゃんとチェックしていれば……。』




ユウさんは泣きながら崩れ落ちた…。




『ユウのせいじゃない。俺も違和感があったのにそのままにしてたんだ…。』




ヨウスケがユウさんを必死で慰めてた…。




『どういうことなの?』




聞かずにはいられなかった…。




ユウさんは立ち上がり、話し始めた。




『…選手はレース前には必ず病院で健康診断を受けるんです。
…その結果は私達マネージャーが受け取り、チェックすることになってました。…その結果で、ヨウちゃんの視力に問題がある事が分かったんです。
…診断書には、すぐに精密検査を受けるように。と書かれていました。
…でも私は…見落としてしまったんです。』




『…見落とした?』




私が強めに問いただすとヨウスケがかばう。




『…仕方ねぇんだよ。
選手は沢山いるし、健康診断はいつものことで、まさか再検査が必要なんて思わない。
みんな事務的なこととして処理してんだ…。
だから、ユウ…。もう気にするな。俺なら平気だから、もう会いに来ないでほしいんだ。』




『…ごめんなさい。本当にごめんなさい…。』




…ユウさんは何度も頭を下げ、持っていた花束もそのままに、走って病室を後にした…。




『…ヨウスケいいの?ユウさん行っちゃったよ。』




『…いいんだ。
ユウだって、いつまでも俺に会ってたんじゃ罪悪感が無くならない…。』




『…でも、ユウさんと付き合ってるんでしょ?』




『…付き合ってなんてないよ。俺は瑠伊と別れる時、もう誰とも付き合わないって決めたから。』




…ヨウスケは、そう言って私に背を向けた。




…私は背を向けたヨウスケの正面に立つ。




『…ヨウスケは間違ってるよ。』




黙ったままのヨウスケ。




『それがヨウスケの優しさなの?
いつもそう…。
勝手に決めて、一人で苦しんで、弱いところ見せられなくて、すぐ一人になりたがる…。
そんなのおかしいよ。』




『…そうかもな。』




と言って、ヨウスケは笑った。




『…ねぇ。ヨウスケ。話してほしいよ。本当の気持ちを…。』




…また黙るかと思いきや、ヨウスケは静かに話しだした…。




『…俺、怖くてな…。本当は怖くてたまらなかったんだ…。
“手術を受けないと失明する”って言われてな…。
もう…一生、目が見えなくなるかもって思ったら、どうしても瑠伊の顔が見たくなった…。』




『…うん。』




…こんなに素直に話すヨウスケを見たのは初めてで、少し驚いたけど、私は黙って頷いていた。




『…気が付いたら地元に帰ってて…俺は、すぐにでも瑠伊に会いに行きたかった…。
でも、コウタからの電話でチカさんに会うことになって…来月の結婚式の幹事を頼まれた時、ふと思ったんだ。』




『何を?』




『…来月の俺はどうなってんのかなって…。
目が見えなくなってて…
バイクも乗れなくて…
俺には何も残ってないんじゃないかって…。
そう思ったら、瑠伊に会っちゃいけない気がした。
…そんな気がしたんだ。』




『…そう。』




私はヨウスケの強く握られた拳にそっと手を置き、優しく抱き締めた。

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