《MUMEI》

「そんなの、わかんないもん!」


俊彦の腕の中で泣き止んだ私は、急に恥ずかしくなって暴れた。


「はいはい、…帰ろう。送ってくよ」


俊彦は私の背中をポンポンと二回叩いて立ち上がった。


「? どうしたの?」


俊彦が、座り込んだままの私を不思議そうに見つめていた。


「…立てないの」


私は力がうまく入らなかった。


「陸に上がったばかりの人魚姫みたいだね。

…俺のマーメイド」


「キャッ!」


俊彦は私を軽々と抱き上げた。


そのまま私は俊彦の車に乗せられた。


俊彦はそれから、階段に落ちていたウィッグと蝶のクリップを含めた、散乱していた荷物を拾って持ってきた。


その間に、車内で、私は、私の指に付いていた俊彦の唾液を、置いてあったティッシュで拭き取った。


「ちょっと待っててね」


帰る途中で俊彦はコンビニに寄って、拭き取るタイプのメイク落としと、絆創膏を買ってきた。


私は俊彦に言われるままに、涙と汗と唾液とメイクを拭き取り、俊彦に噛まれた首筋に絆創膏を貼った。


(随分手際がいいなぁ…)


あんなことがあった後なのに。


「昔、よくお客様を介抱したからね」

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