《MUMEI》

後部座席に乗っている私を運転席からミラー越しで見ながら、俊彦が説明した。

どうやら私の考えている事がわかったようだった。


昔と言うのは、ホストクラブにいた時の事だろう。


「私、酔っ払いじゃないもん」


「そう? 俺に酔わなかった?」


「馬鹿」


私の言葉に、俊彦が笑っているのが見えた。


(何か、…悔しいな)


酔ってはいないが、クラクラして、体に力が入らなくて、ボーッとはした。


(ん?… つまり… ううん!違う!)


私が自問自答を繰り返しているうちに、車は『クローバー』の前に到着した。


俊彦は慣れた手付きで私の浴衣を整え、ウィッグをかぶせた。


「歩ける?」


「歩ける!」


強がっては見たものの、私は立ち上がる事はできたが、ふらついていた。


「そんなんじゃ、階段上がれないよ?」


「手すりがあるから大丈夫」


私はゆっくりと、一段一段階段を上り始めた。


「蝶子」


帰り際、そんな私の背中に向かって俊彦はもう一度囁いた。


「もう一度、俺を好きになってね」


ーと。


それから『おやすみ』と言って、帰って行った。


私は何も言わなかった。

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