《MUMEI》

気付くと私たちの周りには、人だかりが出来ていた。もちろん杉田くんや、光と百花も騒然とした雰囲気に気付いて戻って来ていた。

「ひどい。」

その時・・・

成原さんはロッカーの上に置いてあった墨汁を、私に向かって投げ付けた。

墨汁は『バシャ』という音とともに、私の足首の辺りで破裂した。

「奏!?大丈夫?」

百花は私のもとへ駆け寄り、強い眼差しで、成原さんを睨んでいる。

私の足元は墨汁で真っ黒だった。白い上履きが、黒く滲んでいる。
悔しいとか、腹立たしいとか、そういう気持ちにはならず、なんとなく哀れなような、虚しい気持ちが胸に広がる。


「何騒いでるんだー。持ち場に戻れ。文化祭は遊びじゃないんだぞ。」

その声に、野次馬は散らばった。成原さんも、走り去ってしまった。
私の周りには、杉田くんと光、百花の三人しか残っていない。

後ろから声の主に声をかけられる。
「あー。大惨事。それじゃ動けねーな。」

私たち四人はほぼ同時に、『先生』と声を揃えた。


「杉田は、あいつと少し距離を置いた方がいいな。」

「そうですね・・・・・。自分がここの墨汁片付けます。・・・広崎さん、迷惑かけてごめんね。」

苦しい表情のまま、杉田くんは深々と、頭を下げた。私は気にしないでという気持ちをこめて、首を横に降った。

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