《MUMEI》

寺の門の前で、タクシーを降りた私達は、境内に入った。


境内には木が多く、あちこちから、蝉の声が聞こえてきた。


本堂へ向かう道から左の脇道に逸れ、少し歩くと広い霊園が広がる。


私は寺が管理している倉庫から、共同の水桶を取り出し、水を汲んだ。


「荷物、コインロッカーにでも入れてくれば良かったな」


孝太が言うように、私達は旅行バックを持ったままだった。


「別に、そんなに重くないし」


私達はお互いバックを一つしか持っていなかったし、私は特に気にならなかった。


今回は孝太が花束を持ってくれているけれど、いなくても、水桶に花束を入れれば問題は無かった。


「変わった女」


「そう?」


私達はそれから、母が眠る『山田(やまだ)家乃墓』の前に来た。


「今年も来たよ、母さん」

私はそれから花束と線香と…あの、CDを供えた。


(父さんも元気だよ、今日は私一人で…じゃなくて)

私は、私の隣で一緒にしゃがんで目を閉じている孝太を、母にどう説明しようか悩んだ。


(えっと…隣にいるのは孝太さんと言ってね、彼氏とかじゃなくて、仕事関係の人で、…いい人だよ。
彼氏じゃないけど…付いてきたの)

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