《MUMEI》
コスモス



俺がいる間にとおばさんは買い物に行った。



俺は直哉と手を繋いで病院の庭を歩き出した。




「コスモスきれい」
庭の一角にコスモスが所狭しと咲き誇っている。



駅周辺なんかは雑然とした雰囲気だったのに、本当ここは別世界だ。




直哉と一緒に花の傍まで近寄り俺はそっと顔を近づけた。




「なお、覚えてる?
学校の帰り道、コスモスがいっぱい咲いてた公園、いつも一緒に通ってたんだよ?」




――直哉はいつもコスモスの前で立ち止まっていた。



俺は花ってあんまり興味なくてしょうがないなって気持ちでいつもそれが終わるのを待っていた。




「コスモスってこんなにキレイだったんだな…、ね?なお……」




――俺が直哉の方を見た瞬間、



それは起こった―――。





直哉は俺の腕を掴み、胸の中に引き寄せた。



――懐かしい温もり…懐かしい大きな手……



呼吸が出来ない程胸が苦しくなり、一気に涙腺がゆるむ。




「なお――――!なおなの?なおが俺を抱きしめてくれてるの?」



俺は力いっぱいに腕を背中に回した。――骨格が広くて逞しい直哉の背中。


何度しがみつき爪を立てたか分からない俺のものだった背中…。


「―――――ゆう…」


静かに俺の名を呼ぶその声。

「なお…、なおっ!」

ふと直哉の腕が緩み、俺は直哉を見上げた。




――そしてどちらからかともなく自然に…唇が…重なった。


――涙が…しょっぱい。




…、直哉も…


泣いてる……。



俺は立っていられずその場に崩れた。


そして直哉はゆっくりとしゃがみ、俺の頬にそっと手の平をあててきた。



「―――あり…がと…う…」


「――なお…?」



「――有難う――」



確りとした表情だった。



――直哉だった。



――俺には、
有難うが…






さよならに聞こえた。




――そして…



「有難う」



――俺も有難うと言った。



終秋を感じさせる、終りかけのコスモス。



やっぱり上着がなければすっかり過ごせない季節になった。



―――お互いに…
違う道を辿る時が来た。

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