《MUMEI》
土下座
「あ、ねぇ、さっきの…」

「蝶子」


台所でペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいる琴子に話しかけようとしたら、孝太に呼び止められた。


「な、何?」


私は少し動揺していた。


「…琴子」


「…何も言ってないわよ」

孝太に睨まれた琴子は穏やかな口調で答えた。


「『思い出して』って言っただけ」


琴子の言葉に孝太が舌打ちした。


(何だろう?)


『思い出して』という事は、私が何かを忘れているという事だった。


「大した事じゃないからいいんだ。

それより、和馬から話がある。

…来てくれ」


私は孝太に言われ、和馬が待っている二階の孝太の部屋へ向かった。


「今まで…ごめん!」


部屋に入った途端、和馬は私の前で土下座した。


「…もういいですよ」


私は、琴子の話を聞いていたから、何となく和馬が私に謝るとは思っていた。


しかし、まさかプライドの高い和馬が土下座するとは思わなかったから、少し返事が遅れた。


「許してくれるの?」


「私にいろいろしたのは冗談だったっていうのはわかってたし。
和馬さんが琴子に本気なのは、すぐにわかったし」


「ヤバかったけどね」

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