《MUMEI》

◇◆◇

「──ん、咲弥、何してるんだ?」

 黒蝶の声に、咲弥は顔を上げた。

「集をね、書き写してるの」

「へぇ‥‥」

 自分には到底出来ない事だ、と黒蝶は思った。

「黒蝶もどう?」

「いや、遠慮しとく。でも‥それどうしたんだ?」

 咲弥が説明すると、黒蝶は納得した。

 休む事なく咲弥が筆を走らせているのを見て、黒蝶は再び問う。

「それ、今日中に全部写すのか?」

 こくり、と咲弥は頷く。

「特別に借りた物みたいだし、早く写して返そうと思って──」

「‥て事はあいつ──内裏に寄って遅くなったのか‥」

 黒蝶は考え深げに咲弥の手元を見つめた。

 その集はかなり使い込まれたものらしく、所々に墨が付いている。

 これを借りるのは容易ではなかっただろう。

 そんな事を思いつつ、黒蝶は邪魔にならないようにと気遣って、そっと咲弥の側から離れた。

◇◆◇

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