《MUMEI》

◇◆◇

「────────」

 暫し目を離した刹那。

(‥‥‥何だ)

 突然、ばしゃん、という音がし、草薙は些か急ぎがちに水辺へ近寄る。

「‥‥何があった」

「ん?──ああ、悪い。驚かせちまったな」

 黒蝶は済まなそうに、だがどこか楽しげな笑みを浮かべてそう言った。

 草薙が怪訝な顔をすると、彼女は手にしていた丸い石を流れに投げ込んだ。

 ばしゃん、と音を立て、石は水の中に落ちた。

 先程の音は、これだったのである。

 そうだと分かるや否や、草薙は安堵したらしく大きく一つ息をつくと、踵を返した。

「草薙」

 呼び止めたのは咲弥だった。

「ごめんね‥?」

 その思ってもみなかった言葉に、草薙は困惑の色を浮かべた。

 そして、やっとの事で口を開く。

「‥‥姫君は何もしてはおられんだろう」

「でも───‥」

「‥‥姫君」

「?」

「楽しまれているのなら‥それでいい」

 僅かに優しさの籠った口調で言うと、草薙は徐に持ち場へと戻る。

◇◆◇

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