《MUMEI》

孝太が私の口を手で塞いだ。


「ずっと好きだったんだ。だから…簡単には諦めきれない。



悪いな、麗子」


(え?!)


私が慌てて振り向くと


「どういう、…事?」


呆然と立ち尽くす麗子さんが、そこにいた。


「ち、違うんです。麗子さ…」


パシッ!


「「あ…」」


私の手を振り払った麗子さん自身も


振り払われた私も


お互い戸惑っているのがわかった。


「お前から説明してやれ」

孝太は私の肩に手をおいてから、その場を去ってしまった。


凍りつく空気の中。


「話、聞いて…下さい。
お願いします」


「聞くだけなら、いいわ。…手短にして」


私が頼むと、麗子さんは頷いたが、その声は今まで聞いた事も無いくらい、冷たかった。


「私が『この孝太さん』に会ったのは、東京の専門学校に通っていた時でした」

この町を出て、父は再び転勤族に戻った。


おかげで、私は高校三年間で七回転校した。


高校最後の年を過ごした千葉で、父は華江さんと出会い、再婚した。


そして私は上京し、東京の調理師専門学校に二年間通う事になった。


孝太と出会ったのは私が十八の時だった。

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