《MUMEI》 そして話を終えると、『じゃあ、私は帰るから』とスタスタと来た道を戻っていってしまった。 (え〜と、つまり…) 二人で 一晩 … (ええぇぇぇ?!) 「…蝶子」 「ハ、はイ?」 思わず声が裏返った。 「何もしないから、…おいで」 まるで子供か警戒している動物にでも言うように、俊彦は、甘く優しく私に話しかけた。 そして、ゆっくりと私の目の前に手を差し出す。 「今日だけは… 今夜だけは、蝶子の好きだった『俊兄』になるから。 おいで、蝶子」 そう言って笑う俊彦は 確かに、昔私が憧れた 大好きだった 穏やかで、大人で、優しくて… 私はずっと『俊兄』の一番近くにいたかった。 この手を、握っていたかった。 「…ずっとここにいたら、風邪引くよ?」 昼間は大丈夫だったが、夜になると、確かに少し肌寒かった。 俊彦の手は、暖かそうに見えた。 「…本当に、何もしない?」 「しないよ」 「…」 私が俊彦を見つめると、俊彦は優しく微笑んだ。 「じゃあ…行く」 「うん」 私が手を重ねると、俊彦は私の手を握りしめて、ゆっくりと歩き始めた 前へ |次へ |
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