《MUMEI》

「乙矢、ピアノ辞めないでよ。俺、乙矢の音色好きだったのに。」

早速、俺の絶対神が現れた。もう一回好きって言わせたい……。

「俺は音楽やりたい訳じゃないんだ。二郎なら分かってくれるよな?」

言え……

「狡いよ、俺じゃ、乙矢を止められないの知っててそんなこと言う……」

二郎の眉をひそめて泣きそうな顔が、いい。大好き。


……したい。

「二郎が言えばいつだって弾く。」

お前の為の音色だ。

「嘘ばっかり。」

二郎が一瞬、こちらを見た。意識的に避けることが分かる。

「いつだって弾いたじゃないか。」

この指は全て二郎の為にしか機能しなかった。

「……そうなの?」

そうだよ、
だから早く好きって言って。
……言え、

唇が象り始める。





「おとやー!ピアノ辞めんなー!」

そのタイミングで出て来るな……糞七生。

「もう辞めてきたから」

俺を阻むのが仕事なのか?

「七生、もっと言ってやれ!」

彼等には俺がどんな気持ちでいるかなんて分からないのだろう。

だからなのか、無性に苛立たしくなる。

「――――放っておいてくれないか!」

刺が躯の底から湧いてしまう。


俺が何をしようと勝手だ。そのはずなのに。

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