《MUMEI》

千秋の手に、力がこもる。
そこから、千秋に体の隅々まで探られるような気がして、私は熱くなるのを感じた。
自分の体が、反応しているのが分かる。

「…シャワー、浴びてくるわ。」

よろめくのを堪えながら、私はバスルームに向かった。
千秋と離れていないと、目眩で倒れそうだ。

ワンピースと下着を脱いで、私は裸になった。
鏡に映った自分は、綺麗でこの上なく汚い。
これから、惚れた男にたった一度きり、抱かれるのだ。
そしてそれは、お互いのパートナーを裏切ることになるのだ。
しかし、裏切ることにもうためらいはない。
今日は自分の、そして千秋の欲にまみれて溺れる。

浴室に入った。やや冷たい空気が体を包み、足元のタイルが更に冷えを感じさせる。
シャワーの蛇口を開いた。
湯気が立ち上る。
罪悪感を洗い流すように、無心にシャワーを浴びた。

部屋へ戻ると、カーテンが閉まっていた。
バスタオルだけだと、さすがに肌寒く感じる。

「シャワー、空いたで。」
「ん?ああ。」

千秋が顔を上げた。目があう。
しばらく視線が絡み合った。
千秋に見られていると、体が熱る。
千秋はソファから立ち上がって、私へ近づいた。

「…俺…」

言葉にならず、千秋は私を抱きしめた。

(何も考えんとこ…)

私も千秋を軽く抱きしめた。

「…シャワー浴びて来なよ。」
「…うん。ベッド行ってて。」

千秋は私から離れて、バスルームへ向かった。

私は、ハンガーにワンピースを掛けた。
千秋の上着も掛けようと、ソファへ近づいた。
千秋が着ているときは感じなかったが、上着だけ見るととても大きかった。
不意に着てみたい衝動に駆られた。
上着を纏ってみる。

(さすが、大きいなあ)

煙草の香りがする。千秋に抱かれているようだ。
胸が高鳴った。

(ベッドへ行こう)

私はハンガーへ掛けようと、上着をはずした。
そのとき何かがポケットから落ちた。
定期入れだった。拾ってなおそうとしたとき、定期入れが開いた。

(……)

中には千秋たち夫婦が、仲良さそうに写った写真が入っていた。
さっきまで千秋の妻に対して傷んでいた私の胸には、彼女への嫉妬と、千秋を奪い取るという勝ち誇った気持ちが微かに現れた。
私は定期入れをポケットへ戻し、上着をハンガーへ掛けた。
バスタオルをソファへ置き、ベッドに入る。

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