《MUMEI》
◇再会◆
(…偶然って、ほんまにあるんや…)

私は心の戸惑いを感じていた。
今、私は千秋とともに車の中にいる。

数日前から、私は実家に滞在していた。
夫がひと月間出張することになり、体調は安定してきたものの、一人で家に置いておくのは心配だから、と実家に居ることを勧められたのだ。
今日は、元同僚たちとランチを一緒に食べる約束をしていて、勤務先の近くまで来ていた。
みんなと別れてから、お気に入りだったお店を訪れたり、暮れ行く街並みを眺めながらゆったり歩いていた。
そろそろ帰ろうとしてパーキングへ行きかけたとき、後ろから声をかけられた。

「……夏生…?」

振り返って私は、自分の眼を疑った。
そこには千秋がいた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

(……夏生?まさか…)

俺は自分の眼を疑った。
後ろ姿とはいえ、あまりにも夏生に似ていたからだ。
それだけじゃない。俺の胸を熱くする、月下美人の香り、あの夜の香り…

俺は声をかけずにはいられなかった。
振り返ったその顔は、俺の心に切ない懐かしさを呼んだ。

「…千秋……」

お互い視線を外すことができず、しばらく見つめあっていた。
人の波が増えている。
そろそろ帰宅ラッシュの時間帯だ。
ここだと知り合いに見られるかも知れない。

「…どっか、移動せえへん?」

夏生は何も応えない。

「…夏生、」

夏生は俺の腕を取り、歩き出した。
足取りがゆっくりとしている。

「夏生?」
「…こっち。」

俺が連れてこられたのは、大通りから少し外れたパーキングだった。

「何か、飲む?」

夏生は自動販売機に近づき、財布から小銭を取り出した。
小銭が音を立てて販売機に入っていく。
俺はコーヒーのボタンを押した。
夏生が続けて小銭を入れる。
俺はしゃがんで、コーヒーの缶を取り出した。
それを見て、夏生がボタンを押した。
出てきたのは、ココアだった。
以前なら甘い飲み物を選ぶことはなかった。
好みが変わったのか。

「はい。」

俺は、ココアの缶を夏生に渡してやった。

「ありがとう。」

夏生の手に触れた。
冷えて冷たくなっていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

千秋は、コーヒーのプルトップを開けた。

「開けたるわ。」

ドリンクホルダーにコーヒーを置き、千秋は私の手からココアの缶を取り、プルトップを開けてくれた。

「ありがとう。」

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫