《MUMEI》

診療内科に通うことによって、少しずつ心がやわらいだのか、徐々に落ち着きを取り戻したようだ。
そんな折、子供ができた。
妊娠がわかった直後は、精神的に不安定なこともあり、しばらく続けて通院していたが、それもやがて終わりを告げた。

その後、一度だけ偶然、診療内科のケアワーカーと会ったらしい。
買い物に出て、途中で目眩がしたところを助けられ、家まで送ってもらったそうだ。
若いがしっかりしている人だったという。

妻は、家ではそんな素振りを見せたことがなかった。
だからといって、気がつかない俺は、妻の何をみていたのか。
あげくに、浮気を疑った。
俺が目撃した相手は、ケアワーカーだったのではないだろうか?
今となっては、真実は闇の中だが、そう考えるのが自然じゃないのか…

親たちが帰って、ひっそりとした家に、俺は独りぼっちだった。
家のあちこちに、妻を感じ取れる。
いつも整頓された部屋。季節ごとに変える食器。クッションやテーブルクロスも部屋の色調に合わせてある。
そして、二人で写った写真…
妻は幸せな笑顔で写っていた。
俺は、ひとりでに溢れるに任せて、泣いた。
ただ、泣いた。


夏生とのことは、後悔はしていない。
俺は夏生を欲していたし、夏生も俺を欲していた。
忘れられないし、忘れるつもりもない。
遺影の中で微笑みかける妻は、今夜の月より眩しかった。
こんな俺を、お前はまだ見守ってくれるのか。
内なる影を、消し飛ばすかのように…


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


夫は今、子供をお風呂に入れている。
出張が多い夫が、久しぶりに一週間ほど通常勤務で、家にいる時間は、子供の世話をまめにしてくれる。
お湯をこまめに拭き取って、夫は子供を私に渡し、今度は自分が入浴しにバスルームへ行った。
湯冷めしないように、私は素早く子供に服を着せた。
気持ちよくなって、眠そうな目をしている。
しばらくだっこすれば、眠るだろう。

それにしても、夫がこんなにも子煩悩だとは思わなかった。
仕事柄、出張や研修で家を空けることは致し方ないのだが、夫も好きでそうしていると思っていた。

妊娠がわかった頃、転勤したばかりで、支社の人たちに馴染みつつ、研修もこなして、夫はかなりハードな日を過ごしていた。
だから、中々打ち明けることができずにいた。

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