《MUMEI》 始動「そろそろ仕事か。着替えなきゃ。」 時刻は23時30分。 薄暗いアパートの角部屋で、樋口葵は学生服から黒を基調にした服に着替えると、ボストンバッグを重たそうに抱えて部屋を出た。 長年履き込まれた茶色のコンバットブーツの足音が、彼女の気持ちを高揚させる。 「これで家賃が払える。」 そう呟きながら、アパートの裏に停めてある古い原付バイクに乗って、今日の仕事場に向かう。 向かった先は、駅裏の、最近封鎖された五階建ての廃ビル。 ビルの入り口の鍵に向かって、消音器付きの拳銃で一発撃ち込むと、簡単に鍵は破壊された。 「お、時間無い。」 ボストンバッグを両腕で抱きかかえて、暗い廃ビルをひたすら走る。 向かい側のビルの灯りが唯一の光源だ。 予定の時刻まで10分。 あと三階上ればやっと屋上だ。 延々続く階段に、少し汗ばみながらも、ペースを崩さずに軽快に階段を駆け上がる。 屋上に出る最後の扉は鋼鉄製で、厳重に施錠してあった。 「また鍵か…」 面倒くさそうに腰のホルスターから拳銃を抜くと、鍵穴に一発撃ち込んだ。 同時に、屋上からの強風で勝手に扉が開き、葵は壁と扉に挟まれてしまった。 「んっ…く」 とっさにバッグを庇って、ドアの勢いを直に受けた。 けだるそうに屋上に出ると、市内の夜景が一望出来てとても綺麗だった。 そんな夜景を無視して、手際良く、狙撃用ライフルを組み立てる葵。 その手付きは、とても学生とは思えない。 最後にスコープを付けて、駅通りの消費者金融店の集まったビルの三階を覗く。 そこには、スーツ姿の男が、タバコを吸いながら電話をしている最中だった。 数秒間覗いて、依頼書の写真と照合する。 「確認完了。」 儀式的に呟くと、引き金に指をかけた。 更に数秒、風向きと距離を頭で計算する。 「…」 タシュッ! スコープの中の男が、力無く崩れるのを確認すると、葵は急いでライフルを分解し、ボストンバッグに隠して、屋上から去った。 組み立てと分解の時間も含めて1分以内。 足音を殺して階段を下ると、もう現場には人だかりが出来ていた。 次へ |
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