《MUMEI》

私は『シューズクラブ』にさつまいものモンブランを届けた帰り道だった。


「お〜い!」


ふと見ると、道の向こう側から勇さんが手を振っているのが見えた。


(何だろう?)


私は近くの横断歩道まで戻って、勇さんの立っていた『赤岩』の前に向かった。

「ごめんね、実は、新作の蕎麦かりんとう今日から発売だから、咲子さんと蝶子ちゃんに試食してほしくてさ」


そう言って、勇さんは袋を手渡した。


「わかりました。ごちそうさまです」


私は頭を下げた。


「『シューズクラブ』、忙しいみたいだね」


「…ですね」


(良かった)


本当に忙しいのだと、私は安心した。


しかし、次に勇さんが言った言葉に、私は耳を疑った。


「『麺がのびる!』って言ってるのに、俊彦なかなか開けてくれなくてさ〜!」

苦笑する勇さんに、私は何も言えなかった。


…『開けてくれなくて』?

「…蝶子ちゃん?」


勇さんの言葉に私は慌てて顔を上げた。


「あの、それで、俊彦…開けてくれたんですか?」


「うん。だって、裏口の鍵かかってるし」


「そう…ですよね。
じゃあ、私、もう戻らないと」


「うん、またね」

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