《MUMEI》

私は勇さんにもう一度頭を下げて、自転車をこぎ始めた。


(どうして?)


頭の中でその言葉がグルグルと回っていた。


『クローバー』に戻り、咲子さんにかりんとうを渡しながら、その話をすると…

「単にうちの方が配達の回数多いからじゃない?…大丈夫よ」


と、言って笑っていた。


それでも、不安な私は


夜の営業前の休憩時間に、琴子にメールを打って確認した。


琴子は、毎日和馬に『ベーカリー喜多村』のパンを届けていたから。


…返事はすぐに来た。


『毎日いつも通り和馬に渡している』


ーと。


(どうして?)


私は続けて俊彦にメールを打とうと思ったが…


確認するのが怖くて、できなかった。


そしてまた、火曜日がやってきた。


十一月、最後の火曜日が。

いつもなら、弁当を配達する時に、夜の事もこっそり確認するのだが…


私は、その日も


裏口の鍵を開けて


誰もいない『シューズクラブ』の事務所の机に弁当を置いて


そのまま、『クローバー』に帰った。


その時吹いていた風は、痛いくらい寒くて、私の心にしみた。


そして、夕方になると、初雪が空から舞い落ちてきた。

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