《MUMEI》
電話
いつもなら、俊彦の所に向かう時間だったが、私は一人、『クローバー』の厨房にいた。


二階では、工藤一家が夕食を食べていた。


私は、『出かけるかもしれないから』と、夕食は断っていた。


私は、何気なくホールに出て、窓の外を眺めた。


(積もるかも…)


道路や街路樹が、うっすらと白くなってきていた。


サラリーマン・OL・学生達が、目の前を早足で通り過ぎて行くのを、ボンヤリと眺めていると…


カウンターに置きっぱなしにしていた携帯が鳴った。

「もしもし!」


携帯の画面に表示された名前を見て、私はつい大声になった。


《…蝶子?》


電話の相手は


俊彦は、少し驚いていた。

「…うん」


《夕飯、食べた?》


「ううん」


《そっか》


私は、ホッとしたような俊彦の声を聞いて安心した。

(今日は、俊彦の好きな海老マカロニグラタンにしよう)


きっと喜んでくれる。


『美味しいよ』って言ってくれる。


そして、俊彦に私はその事を伝えようとした。


《蝶子》


「何? あ、夕飯はね…」


《リハビリの、事なんだけど…》


「何?」


今日はリハビリだって頑張れる気がした。

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