《MUMEI》

次の瞬間来るであろう激痛に、だが雪乃は苛まれる事はなかった
恐る恐る眼を開けば
雪乃は雪月の腕の中にあって
庇ったらしい彼の肩に、深々と刃が喰い込んでいた
飛んで散った血は雪乃を美しい薄紅へと染め、だがすぐに花弁へとその色は姿を変えていってしまう
「……花を抱くクグツ、か。美しいものだ」
嘲り混じりの声が向けられ。同時に引き抜かれた刃
焼けるような痛みに、だがやはり流れ出るのは薄い紅
人の身には決して流れる事の無い色に、雪月は僅かに目を見開く
「……雪月、お前はまず己の事を理解すべきだ。そうすれば分かるだろう。あの方がやろうとしている事も、そしてその意味も」
耳元で呟いて、その姿はまた花風の中に消えた
目の前を散る花風の何と煩わしい事か
その彩りに己が飲み込まれてしまう様な感覚に陥ってしまう
「……雪月、痛い?痛い?」
未だ流れる血液に、雪乃の心配気な声
雪月は雪乃へと微笑んで向けると、大丈夫だと笑って告げる
帰りましょう、と手を雪乃へと差し出せば
まだ不安げな顔ながらも、その手をとった
家路へと着こうと踵を返しその場を後に
立ち去り際、つい先刻墓地までの道を問うてきた女性とすれ違って
微笑みが雪月へと向けられた
「……さっきは有難う。おかげで助かったよ。」
わざわざ脚を止め軽く頭を垂れてくる
雪月は緩く首を横へ振って返すと
「大した事じゃないですから、改まらないで下さい」
それだけ伝え、歩く事をまた始める
その雪月の腕を、何故か女性が掴み去ることを引きとめて
傷を負ったばかりのソコがひどく痛んだ
「……まだ、何かご用でも?」
怪訝な顔をあからさまに浮かべ相手へと向き直ってみれば
相手の顔がはっきりと見えた
「随分とシケた面してるねぇ。男前が台無しじゃないか」
花街の花魁
雪月の耳元へと突然に唇を寄せながら
「沙羅双樹の奴が動き始めたよ。全てが、花に葬られる事になっちまう」
まるで現実味の無いことを言い始める
「……何かの、冗談ですか?」
だとしたらタチが悪い、と俄かには信じ難い話に雪月は更に怪訝なソレをして返す
だが相手はさして気にする様子もなく
「こんな笑えない冗談言ったって仕方無いだろう。重々気をつけるんだね」
それだけを伝え踵を返して
未だ舞う花風に隠されていくその背を、雪月は唯々眺めるしかできなかったのだった……

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