《MUMEI》 「あの、チョコレートムースって…」 私は、迷いながら、質問した。 「孝太によ」 麗子さんは少し照れながら答えた。 (やっぱり…) 孝太は、甘さ控え目のケーキが好きだった。 「一応、お礼も兼ねてね」 「お礼…ですか?」 私が首を傾げると、麗子さんは、驚くべき事実を口にした。 「見合いを潰してくれた、お礼」 … 「えぇ?!」 私がつい大声になったので、麗子さんは慌てて私の口を塞いで『落ち着いて、聞いてね』と言った。 幸い、厨房にいる琴子と夏樹さんはケーキの仕上げに集中していたし、咲子さんと薫子さんは…それどころではなかった。 私が大きく何度も頷いたのを確認して、麗子さんは私の口を塞いでいた手をゆっくり離した。 「…うちの店の常連さんが、『すごくいい人なのよ』ってしつこくてね。 『好きな人がいるからいい』って言っても、…とにかくしつこくて…」 「…それで?」 私はため息をついた麗子さんを見つめた。 「『会うだけですよ』って言ったら、常連さんどころか…うちの親まで何か盛り上がっちゃって… これは、何かヤバそうだなぁと思って…孝太に頼んだのよ」 前へ |次へ |
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