《MUMEI》

「冗談ではないからな」
相手の唇が嫌な笑みに緩み
雪月へと、どこからか出した桜の花弁が咲いて満ちる枝を差し向けた
「……今すぐ弔ってやる。そしてお前をあの方達のもとへ!」
途端に舞い始める花弁
その薄紅の奥、何かが現れ始める
桜の門扉
戸がゆるりと開き、そこから大量の人の手が湧いて現れた
雪月を捕らえようと蠢く手に、だが大人しく捕まってやる筈もなく
己へと伸ばされる手を掴むとそれをへし折って
鈍い音が鳴った
「雪月、お前は何故思い出さん?沙羅双樹様の元に居た頃の事を」
辺りに散乱する手を眺めながら、あまりに冷静な声が雪月へと問う
しかし雪月には思い当たる節など無く、やはり意味など理解出来ずに居た
「……あなたは一体何を言っているんですか?俺が何を忘れていると――」
返す声に、僅かながら戸惑いが混じり
その様に相手は肩を揺らす
「俺は前に言った筈だぞ。お前は花を抱くクグツ、沙羅双樹様によって造られた人形(ひとがた)なのだよ」
言って終わると同時の抜刀
その早すぎる太刀さばきに咄嗟に反応する事が出来ず
またしても腕の皮膚を斬って裂かれる
飛び散る血液はやはり薄紅
己が目の前に散るそれを見、その色の奥に何かが見え始めた
朧げに見えてくるソレは、桜の巨木と、その下に佇む一人の女性
辺りには大量に人の死体が横たわり
血液の朱が、やけに鮮やかだった
『人間の何と愚かしい事か。争そわねば何も得られぬと?ならば妾は何を得られた?子は殺され妾は一人じゃ。認めぬ、この様な事は絶対に……』
全てを失い、怒りと悲しみに暮れるその女性
その足元に横たわる子供二人の亡骸を抱え上げると、その女性は何を思ったのか
子の亡骸を桜の幹へと縛り付け、腹を懐に忍ばせていたらしい小刀で斬って裂いていた
瞬間、子の身体は花弁へと変わり、宙を遊び始める
『帰るが良い、魂魄の街へ。そして暫し休むが良い。いずれまた見えることは出来ようから……』
舞い遊び、その花弁が消えたと同時に
雪月は己へと帰ってきた
「己を見る事はできたか?雪月」
相手の声。同時に背後から首筋へと刃が突き付けられ、身動きが取れなくなる
だが雪月は慌てる様子はなく
視線を僅か相手へと向けるだけだった
「世の理に従え。お前はあの方の、沙羅双樹様の子供だ。逆らうべきではない。」
まるで諭すかの様な物言い
しかしその言葉に従ってやる義理など雪月には無く
素早く踵を返し、その勢いを借り脚を蹴って回していた
互いの間に開いた僅かな距離
重苦しい沈黙の中、唯々薄紅ばかりが散っていく
「飽く迄も逆らうと言うか。やはりお前は愚かだな」
落胆する様な声に、雪月は何の反応も返さずに抜刀し刃先を向けた
目の前に居るのは最早かつての主などではない
何らかの慾に負け、
魂を売り払った抜け殻でしかないのだと、身を低く構えていた
「長くヒトと共にあった所為か、すっかりヒトに感化された様だな。お前はクグツだ、自ら考える必要などない」
だから従属しろ、との要求
雪月はやはり首を縦に振ることはせず、土を蹴りつけると開けたばかりの間合いを瞬間に詰めて
素早い動きで相手の腕を斬って落とす
血の代わりに辺りへと散った花弁が柔らかく宙を舞った
「……全て壊してやろう。ヒトなど、必要ない。ヒト以上に強欲な生き物など居る筈がないのだ、ヒトを葬り私達は現所を手に入れる」
「世迷言を」
「何とでも言えばいい。どう足掻こうがヒトの行く末は変わらぬ」
地に落ちた腕を無表情で拾い上げ、相手は踵を返す
立ち去り際、嘲笑を浮かべた横顔を雪月へと向け、その場を後にした
一人暫く立ち尽くして
花が舞う事を止め、ようやく家路へと着く
「俺が何者か、そんな事はどうだっていいんです。俺は、俺の成すべき事をする」
歩きながら誰に言うわけでなく呟いて
段々と薄紅へと染められていく景色を唯々眺め見るばかりだった……

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