《MUMEI》

 翌日も、花の色が薄れる事はなかった
燦々と降り続ける花弁、染められていく庭
その様を、雪月は縁側へと腰を下ろし、険しい表情で眺め見ていた
現実味のない情景
美しいとすら感じず、ひどく疎ましい
「……雪月、おはよ」
襖の開く微かな音が鳴り、目を覚ましたらしい雪乃が顔を出して
雪月の横へと腰を下ろすと袖の裾を強く握りしめる
恐い夢でも見たのか、その表情には微かに曇りが見受けられた
穏やかに笑むと、雪月は雪乃を膝の上へ
抱いてやり背をゆるりと叩き始める
「大丈夫です。何があっても俺は此処に、あなたの傍にいます」
雪月の聞き心地の良い低い声
だが雪乃の表情は晴れる事はなく、雪月の着物の袷を強く握りしめた
「何も怖がる必要はありませんよ。雪乃は、俺が守ります」
言って聞かす雪月に
その言葉を望んでいたのか、雪乃の表情が僅かに緩む
この男は、自分の欲しい時に欲しい言葉をくれる
ひどく優しい声色が、雪乃にとって何よりの安らぎだった
「約束、してくれる?」
見上げてくる雪乃へ、雪月は頷いて返し
前髪を指先で掬い上げると額へと唇を落した
「約束します。だからもう少し寝ましょうか、まだ早いですから」
雪乃を横抱きに抱え寝床へ
布団をかぶせてやると、すぐに寝付いた雪乃を起こさない様外へと出た
目的なくただ彷徨うように歩くだけの雪月
花弁に満たされたソコは、まるで知らぬ場所の様に見えて映る
「こんな時にどこへ行くつもりだい?」
立ち止まり空を仰ぐ雪月へ
背後からの声
すっかりお馴染みとなったその声にゆるりと首だけを振り向かせる
この女性は全てを知っている気がする
直感的にそう感じた雪月は、彼女へと近く寄った
「……もし、知っているなら教えてくれませんか?奴の、沙羅双樹の目的を」
「聞いてどうする?無理だね。みての通り世は花に満たされた。もう、手遅れだ」
「そうだとしても。黙って殺されてやる程、俺はお人好しじゃない」
「穏やかな顔して言ってくれるじゃないか。……そうだね、アンタは知っておくべきかもしれない」
取り敢えず座ろうか、と都合よく近くあった長椅子へと腰を降ろす相手
その横へと腰を降ろすと、徐に話す事を始める
「奴の目的は至極単純さ。自分の大事なものを奪った人間を葬ることだ」
「大事なもの……、それは子供、ですか?」
「見たのかい。なら話は早い」
薄く口元を緩ませた相手は、着物の袂に手を入れると、そこから持ち歩いているらしい小刀を取って出して
そして何を思ったのか自らの腕を斬りつける
驚き眼を見開く雪月
だが次の瞬間飛び散った血液に更に驚く羽目になった
「……薄紅の血液」
彼女の腕を伝うソレは、雪月の内に流れる血液と全く同じ色で
一体どういう事か、と困惑するしかない
「簡単なことさ。私もアンタも、奴に造られた人形。奴の子供の身体を媒体に造られたクグツって事さ」
無意識に避けていた事実をあっさりと突き付けられ
深々溜息を吐く雪月の肩を、相手が軽く叩いてきた
「……アンタはどうする?ヒトとして滅ぶか、それとも自分をクグツと認め奴に助けを乞うか」
どうする?と再度問うてくる相手へ、余りにも愚問すぎるが故僅かに睨みつけてやりながら
「どちらも、御免被ります」
それだけ言い切ると、懐から手拭いを取り出し相手へと差し出す
その意図が分からないらしい相手が、珍しく小首を傾げ
雪月は溜息を一つ吐くと、血で汚れた腕へと手拭いを押し当てていた
「……着物が、汚れます。これで押えて下さい」
止血を施してやれば白い手拭いが徐々に薄紅に染まっていく
その色に美しさを感じてしまう己に、嫌悪感を抱きながら立ち上がった

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