《MUMEI》

「私のこと知りたいなら私に聞けばいいじゃない?」
若菜が挑発してくる。

「……白縫って何だ?」
樹の切り札一、である。
効果は有るようで、若菜の瞳が僅かだが見開いた。

「どうして私に聞くの?」
口は堅いようだ。

「若菜こそ……俺のことを知りたかったんだろ」
だから、近付いた。

切り札二を使う。
「ずっと黙ってたんだけど、俺の中には化野アヅサが居るんだ。」



「そうなの?」
他人事のような反応。
あまりの淡泊さに構えていた力も持続しない。

「ついでに本当の俺は女も抱けない無能だ。
アヅサに逃げて代わりに相手して貰っていた。
馬鹿みたいだ、利用されてた今でもちゃんと高柳樹として応えられなかったという良心の呵責に苛まれている。

…………計算された愛でもまだ…………」
まだ、恋人だった彼女に惹かれている。
彼女への愛、俺の最大の切り札だ。
与えてくれたものは多い。俺の愛した彼女は何処だ?



「キス、しないの?」

若菜はこんなことを言う女じゃなかった。
否定しても現実は樹を裏切る。

「しないよ。俺達、もう恋人同士じゃないから。」

目のやり場に困り、ふと彼女の手首を見た。
時計で隠していたはずの…………傷が無くなっていた。



「……誰だ?」
違う、知らない。視界が歪み若菜の顔が嗤っているようだった。
頭がクラクラした。

俺は頭の片隅で、アヅサと斎藤アラタを交互に呼んだ。

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