《MUMEI》 考エルその問題のアドリブは、ふたりにとって本当に深刻な悩みになった。 来週撮る予定のシーンは、主人公のオレが親友を突き離すシーンだ。 「有理〜…助けて……」 「あ!?なんだよ」 どうやらご機嫌ナナメらしい。 理由は知らないけど、どうせ大したことない理由だろ。……有理のことだし。 とりあえず台本を読ませる。 「…少しは自分で考えたか?」 「すごく悩んだよ。お陰で体重が3sも落ちて…」 「悩み過ぎだよ、それは……。とりあえず、宝井大輔の気持ちになれよ。そしたら、本物の宝井大輔が乗り移る。それが一流の役者…かな」 ――乗り移る? どういう意味だ? 宝井さんは生きているし、有理も多分幽霊が乗り移るって意味で言った訳じゃないんだろう。 「…難しいか?」 「難しいよ。すごく難しい」 「あんまり深く考えんな。その時の流理が思う宝井大輔になればいいんだ。想像力と考察力が試される職業だよ、役者はな」 ――想像力と考察力。 オレは目を閉じた。 ゲイであることを打ち明け、宝井さんはきっとすっきりしたんだろう。 でも親友の冬馬さんにとっては、重荷になった。 自分がそこら一般の男子と同じだから、余計理解してあげられないし、いつもと同じ態度をとるのは大変だったはずだ。 宝井さんはそれに気付かず、冬馬さんに甘えた。 冬馬さんはしっかりした人だったんだ。 宝井さんが自分にしか打ち明けていないと思うと、宝井さんの支えになろうてして、また強い面しか見せられない。 誰にも相談できず、ひとりで全部抱え込んで、冬馬さんは精神的に追い詰められていった。 そして宝井さんがゲイだと学校中に広まり、自分のせいだとまた抱え込む。 泣く宝井さんの姿を見て、さらに自分を追い込む。 そして―…自殺未遂。 そこで宝井さんは親友の異変と心の声に気付く。 親友と離れるべきだと思い、決別へ……。 その決別のシーンがアドリブなんだ。 肩が重く、取り外したい。 でもそれはできない。 自分で決めて、引き受けたんだ。 絶対に最後までやり通す。 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |