《MUMEI》

部屋には一箇所だけ窓が在った。其の先に庭が見える。
林太郎は外出することにした。

煉瓦の脇に生える撫子や手入れが行き届いた牡丹が季節感を感じさせる。

日本の情緒溢れる花を植えているが別荘の洋館に合わせて西洋的なものを取り入れて在る。


また、温室には薔薇が養殖されていて金持ちの道楽が発揮されていた。
初めての芳香に林太郎は驚いたが決して厭なものでは無い。


「誰だ」

振り向き様に鋏を向けられた。
初老の庭師のようだ。

「此の屋敷の者です、実朝様に仕事で招待されて……証拠にほら、カフス釦。」

カフス釦で此処の通行を許可される。
庭師の鋏が下ろされて林太郎は着替えなかった数分前の自分に感謝した。

「……ふん、あんたみたいな若造がねぇ。」

品定めでもされているような目つきに林太郎は落ち着かなかった。

「薔薇ですね。
……まだ柔らかい蕾ばかりでは有りませんか。」

手際良く庭師の鋏は蕾を切り落としてゆく。

「良質な華を育てる為に間引きは必要なことだろう。」

籠には白い薔薇になる筈だった蕾が無惨に眠っている。

「……籠の蕾を戴いても宜しいですか?」

白い薔薇を見ていると林太郎は愛しき人を連想した。

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