《MUMEI》

歩みを止めることもできず、ましてや顔なんてまともに見えるはずなかった。口から落ちた言葉は随分と質素で、陳腐で、驚くほどダサかった。今更冗談だなんていうのも、許されないほどに。
それでも、俺の中には何の後悔もなかった。むしろ随分と身体が軽くなったような気さえした。

なんだ、俺無理してたんだ
伝えたくて、しかたなかったんだ

「好きでしたよ、お前が。銀二のことが」

先ほどよりも回るようになった舌で、もう一度言う。人生でそう何回も言わなかった台詞、耳朶に響く声は俺のものじゃないみたいだ

「好きだ」

肺に撓んでいた冷たい空気と、今までの鬱屈や、堪えに堪えた感情が、たった3文字になって、夜の空気にすべり落ちる。

隣から、反応はない。

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