《MUMEI》

『事件』が起こったのは、丁度俊彦が工藤一家を送っている最中だった。


私は咲子さんから『ゆっくりしてていいわよ』と言われて、まだその場に残っていた。


気付けば、周りにいるのは、俊彦を除いた『いつものメンバー』だった。


その時。


「はい、蝶子。デザート」

そう言って、薫子さんが私に手渡したのは、アイスクリームだった。


しかし、カップには何も印刷されていない。


首を傾げる私に、薫子さんは『試作品なの』と告げた。


(『花月堂』の新作かな?)

「後で感想聞かせてね」


「わかりました」


薫子さんが去った後、私は早速アイスの蓋を取った。

見た目は、バニラのように真っ白だった。


一口、食べてみる。


…?


(甘いけど、ちょっと…苦い?)


不思議な味だ。


(でも、嫌いじゃないな)


どちらかといえば、好きな味だ。


そして、私は結局何のアイスかわからないまま、そのアイスを完食した。


…してしまった。


俊彦がいれば、慌てて止めただろう、そのアイスは


『花月堂』ではなく、薫子さんの夫の克也さんの『酒の猪熊』のー


『日本酒入りのアイス』だったのだ。

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