《MUMEI》
母親の記憶
六月十一日。


その日は小雨が降っていた。


「じゃあ、行ってきます」

「気を付けてね」


「大丈夫です。…俊彦もいますから」


私は、『そうね』と笑う咲子さんに頭を下げ、黒い傘をさして駅に向かった。


今日は、『クローバー』も『シューズクラブ』も営業している。


だから、私は本当は父か華江さんと一緒に、亡くなった母の墓参りに行く予定だった。


毎年私はお盆に墓参りに行くのだが、山田家の人々と会いたくないので、母の誕生日のこの日を選んだのだった。


少し前に、咲子さんが決めていた一ヶ月間の処分期間が終わっていたので、俊彦の機嫌のいい日に私はその事を、俊彦に伝えた。


私の話を聞いた俊彦は、『絶対俺が行く!』と言い出した。


『でも、俊彦、仕事…』


『休む!』


『でも…』


俊彦は『シューズクラブ』の店長だし、私の都合を押し付けてはいけない気がした。


それでも、俊彦が『蝶子のお母さんにもちゃんと挨拶をしたいから』と言うので、結局、私は父や華江さんには連絡せず、俊彦と一緒に母の墓参りに行く事になった。


「…俊彦。お墓、行くんだよ?」


「うん、わかってる」


(本当に?)

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