《MUMEI》
第一話:陸上
 東京のスタジオに悲しいラブソングが流れている。
 歌うのは二人の青年。
 辛い辛い恋の話は、日本人の心にどう届いているのだろう。

「僕を忘れないで 伝えきれない恋心」

 二人の声のハーモニーはどこか悲しかったが、酷く澄んでいた。
 「晴天」。この二人のグループ名である。そう、グループだったのだ。
 今から一年前、晴天のボーカルの一人、中野新の恋人である仁科美砂は生きていた・・・・


 陸上競技場。アスリート達は自分の限界を超えようとひたむきに競技する。
 中野新もその一人、高校二年生の中距離選手だった。

「あらたぁ! 負けるなぁ!」

 気合いの入った声で美砂は応援する。
 今から自分も走り幅跳びの決勝だろうと新は心の中でツッコミを入れていたが、
 一次予選から気合いを入れて応援してくれる幼なじみに多少の感謝はしている。

『余裕だって』

 快調に新はフィニッシュを決めた。
 そこで喜んでくれる美砂を期待してはいるものの、
 やはり少しばかり不満のようだ。

「おつかれさん。美砂のやつ不満たらたらだな」

 もう一人の幼なじみである戸山勝弘は観客席から声をかけた。
 赤いジャージ姿でリラックス中の勝弘は、明日の二百メートル決勝まで競技はない。

「全くだ。予選から自己ベストのタイムで走ってたらくたばる」

 いかにも決勝に残る気満々だった。
 しかし、それも仕方ないことである。
 昨年の男子八百、千五百メートルともに一年生でありながら県二位の実力だ。
 確実に決勝で全力を出す走りはしなければならない。

「そう言ってやるな。お前が去年負けて悔しがってたのは美砂なんだ。
 少しでも昴さんに追い付いてほしいんだろ」
「キャプテンに追い付けって・・・・あいつも兄貴の応援してやれよ」

 仁科昴。美砂の兄であり陸上部のキャプテン。
 しかも全国二連覇の化け物である。

「してはいるんだろ。だけど恋する乙女は兄貴より新なんだろ」

 ニヤニヤしながら勝弘は新をからかうが、新にその手は通用しない。

「十七年間彼女いない奴にはこの幸せは分からないよなぁ?」
「テメェ! その足折ってやる!」

 勝弘は出口に駆け上がった。
 そのつかの間の時間、美砂は綺麗なフォームで空に舞い上がっていた。
 とても澄んでいた晴天の中を・・・・

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