《MUMEI》

『ちょ…ちょっと待って!どういうこと?無理…。』




私は必死に抵抗した。




『いいから!』




と言って、吉沢さんは私の腕を掴んでそのまま家の中へ…。




“どうしよう?
怒ってるのかなぁ…?
このまま奥さんと鉢合わせしてバトル…?
いや〜〜〜!!”




ガチャガチャバタンッ!




目を閉じたまま引っ張られた私は、新築の家の香りを感じた。




恐る恐る目を開くと、お揃いのスリッパ…




女性モノのブーツにパンプス…




結婚式の写真がはいった写真立て…




と“ザ・新婚さんの家”って感じだった…。




『…この人が…奥さん?』



小柄で笑顔の素敵なウエディング姿の女性…




隣にはもちろん、タキシードを着た吉沢さんが笑顔で写っていた…。




『…うん。あがって。』




きっと奥さんのであろうスリッパを履き、中へ入った。




広いリビングは殺風景なほど、物が無く、奥さんの姿は無かった。




何気にキッチンに目をやると空のコンビニ弁当や缶ビール、カップラーメンなどが散らかってた…。




『…これって?』




私の問いに、うつむいた吉沢さんはゆっくりと話しはじめた…。




『実は今…嫁は実家に帰ってる…。
…来年、子供が産まれるんだ…。
転勤や引っ越しで疲れも溜まってるし、初産だからって…早めに実家に帰って安静にしてるんだ…。』




『…そう。』




それ以上、何も言えなかった…。




『…俺、親父になるんだって。自分でも信じらんねぇわ。
俺んち母子家庭だったから、親父ってよくわかんねぇし。
でも、産まれてくる子供には俺みたいに寂しい思いはさせたくないってすげぇー思った。
家の両親が離婚した原因は親父の浮気だったから…。俺は、許せなかった。
親父が信じられない。
ってずっと思ってたんだ。』




『…うん。』




強く拳を握りながら、肩を震わせながら話す吉沢さんを見て、涙が溢れた。




『…でも、百瀬さんと出会って、俺は…惹かれていった。俺も百瀬さんが好きになっていったんだ…。』




『…えっ!?』




『…百瀬さんの気持ちを知って、動揺した。
俺の片想いなら…って思ってたのに…。
まだ、会ってもいない子供の事を思うと胸が張り裂けそうになった…。
あんなに嫌ってた親父と俺も一緒だって……サイテーだって思った。
俺はどうしたらいいのか…ずっと考えてた。
でも、わからない…。
どうすればいいのか…。』




『…吉沢さん。』





『俺、サイテーだろ?』




無理に作った笑顔が痛々しくて見ていられなかった。




『……どうして百瀬さんが泣くの?』




『だって…あなたをこんなに傷つけたのは私だから…。私はただ自分の気持ちを伝えたくて、ただそう思って……。』




夕日が眩しくて、お互いの顔はあんまり見えなかったけど、きっと二人で泣いていた。




やりきれない気持ちのまま、私たちは黙って泣き続けた…。

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