《MUMEI》
第二話:幼なじみの四人
 男子八百メートル二次予選。
 またもや楽勝で新は決勝に進出した。

「おつかれさん。なかなか良い走りだったな」
「そういう昴さんこそ自己ベストじゃないですか」

 二次予選だと言うのに、昴はいきなり自己ベストを出して来た。
 それだけ昴の調子は良いということだ。

「まあな。調子が良いもんで」
「分けてほしいですね、その好調ぶり」
「やだね。明日も千五があるし」

 百八十ある身長も、しなやかな筋力がついた細い体も、さらに容姿の良さまでが羨ましかった。
 仁科昴という十八歳の青年は、きっと不幸というものから世の中で一番遠いのだと本気で思っていた。

「俺もあるんですけどね」
「だったら尚更だ。新に負けても負けなくても美砂はうるさいからな」
「昔からそうですけどね」

 二人は笑った。新、勝弘、美砂、昴の四人は、昔からの腐れ縁で、
 何かあれば一緒になって遊んでいた。
 それは現在も続いていることで、学校の規制さえなければタメ口を叩き会う仲である。

「それと新、勝に大会が終わったら家で焼肉パーティーするって言っとけ。
 おふくろが最近、勝が家に来ないって歎いてるんだよ」
「おばさん勝のファンだもんな」

 またも二人は苦笑した。
 昴の母親は新も勝弘も息子のように可愛がってくれてる。
 これも未だに変わらないことだ。

「分かったよ、昴ちゃん」
「さん付けしろよ、新ちゃん」

 これが普通の二人であった。


「かっちゃん! 新とキャプテン知らない?」
「うおっ! ビビった!」

 観客席から女子百メートル予選をボーっとして見ていた勝彦に、
 美砂は鉄砲玉のように飛んで来た。

「さあ? ダウンに行ったんじゃないか?」
「サブトラックにはいなかったのよ」

 競技の後にはいつもサブトラックでクールダウンを行うはずの二人が、
 今日はその姿を見せなかったのである。

「競技場の外周でも回ってるんじゃないのか? 昴さんの気分で」

 時々、新と勝弘を連れて一体どこに行ったのか昴は消えることもしばしば。
 ひどいときは三日間音信不通になる始末だ。

「全く! マネージャーがマッサージ待ってるのに」
「なんなら俺が変わりに受けて来ようか?」

 嬉しそうな顔をした健全男子高校生が一人いる。

「かっちゃんは新がやってくれるよ。
 だけど昴は最近疲労溜まってるみたいだから、ちゃんとケアしなくちゃいけないのよ」
「疲労? 昴さん何かあるのか?」

 勝弘の問いの答えは意外なものだった。

「それがね、昴は受験するんだって」

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