《MUMEI》

『おはようございます。』




いつもの朝が始まった。




『おはよう。』




ただ違うのは、この隣のデスクに座っている人が私の彼氏だってこと。




『(今日飯行こうね。)』




『(うん。)』




誰にも気付かれないようにするのも以外と簡単かも。




だって普通の社内恋愛でも、みんな初めは内緒で付き合ってるんだもんねっ!




それと一緒だ…。
なんて浮かれてた。




付き合ってから一週間…。




初めてのキスをした。




私も酔ってたし、あんまり緊張しなかった。




今までは結構、構えすぎてたのかなぁ?
“案外普通に出来るじゃん!”なんてまた浮かれる。




久々に会った礼からは、
『最近キレイになった。』って言われる。




『さては、男?』
なんて聞かれたけど、




『別に〜。』
と言って、はぐらかした。




だって詮索されてもイヤだし、彼氏が出来てキレイになるなんて、そんなの恥ずかしかった。




『咲良〜?飯まだ〜?』




『もうすぐ出来るよ〜。』




そして私達が付き合い始めてから一ヶ月が経った。




吉沢さんは先週から、私の事を自然と“咲良”と呼ぶようになっている…。




それには、訳があった…




−先週の日曜日−




近くに新しく出来たショッピングモールに、吉沢さんと二人で出かけた。




『昼間からデートなんて初めてだね!いっつも夜ばっかりだったし…。』




『そうだな…。』




なんて言いながら、手を繋いで歩いていた。




『私達、ちゃんと恋人同士に見えるかな…?』




『そりゃそうだろ?』




吉沢さんとチラッと目を合わせ、二人で照れ笑い。




『どこの店行きたい?』




私がモール内の地図を取り出そうとすると、




『ヤバイッ!』




と言って吉沢さんは、私の手を払いのけ、どこかへ走って行ってしまった…。




『…え?ちょっと!!』




驚いた私が、追いかけようとすると、




『百瀬〜!!』




遠くから私を呼ぶ声がした。




聞き覚えのある声に振り向くと、職場の先輩のちゃきサンがこっちに向かって走ってきた。




“…ちゃきサン!?
まさか!?見られた!?”




私は、必死で平静を装った…。




『…あぁ。…ちゃきサン。
…こんにちは〜。』




『百瀬!あんた1人で何やってんの〜?』




『…え?』




“良かった〜!吉沢さんと居たのバレてないや。”




『…えっと〜。友達と待ち合わせしてて…。
もう来る頃なんですけど…。』




『そっか!私は、ブランド品30%OFFってのを買いに来たの!じゃっ急ぐから!』




ちゃきサンは足早に走っていった。




“…吉沢さん。
ちゃきサンを見つけたから、隠れたんだ…。
…そっか。……そっか。”




当たり前のことだって分かってるけど…
きっと、私が先に見つけてても同じように隠れると思うけど…




でも、吉沢さんに払いのけられた手が痛いよ…。




ジンジンと手が痛くてしょうがなかった…。




それから再会した私達は、コソコソとショッピングモールを後にした。




『…ゴメンな。咲良。』




…これが、初めて“咲良”と呼ばれた日。

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