《MUMEI》

『お〜い。咲良?』




『…うわっ!ビックリした〜。』




『何、包丁握ったままボーっとしてんだよ?』




『…あっ!ゴメンゴメン。ちょっと考え事……。』



『考え事って何?』




『…別に。
…………いいから!
吉沢さんは座ってて。もうすぐ出来るから!』




『…おう。』




ふてくされたように座った吉沢さんは言った。




『…なぁ。咲良!
その“吉沢さん”って言うのもう止めない?
俺ら、付き合ってんだし。“吉沢さん”じゃ…おかしいだろ?』




“…うっ!”




『…だって。私は、そんな器用じゃないもん…。
会社と家で使い分けらんないから“吉沢さん”のままでいいの!』




『え〜!?慣れれば平気だって!それじゃ…雰囲気でないだろ?』




『慣れないよ…それに雰囲気って何?意味分かんない。』




『…じゃ〜いいよ。』





なんか空気悪くなっちゃったなぁ〜。
私が、先週の日曜日のこと引きずってるからいけないんだ…。




『…ゴメンね。
ご飯出来たから食べよ。』




『…うん。』




ここは特製カレーで空気変えよう!!




『お待たせ〜。
今日はカレーライスです!おいしいよ〜!』




『おぉ!ありがとう。』




パクッ。




『うまい!サイコー!』




『でしょ〜。マッシュルームとか入れて本格的にしたんだから!』




“よしっ!これでビミョーな空気も無くなった。”




『最近本当に咲良、料理上手くなってるよな〜。初めの頃は正直キツかったのあるもん。』




『ひっど〜い!
そりゃ毎回作ってたら上手くもなるよ。
ねぇ〜今度の休みはどっか外食しない?
誰にも見つかんないように遠くまで行こうよ!』




『…あぁ。悪りぃ〜。
来週の休みはちょっと用事あんだ…。』




『え〜!?うそ〜!
用事って何よ〜!?』




『…う〜ん。……まぁ、色々…というか………。』




吉沢さんの表情ですぐに分かった。
きっと[奥さん]だ!!




『…奥さん!?』




『……あぁ。
昨日、電話があってさ、久しぶりに会いたいって。
最近、体調いいから今度の休みに来るって言うんだけど、心配だから俺が行くって言っちゃったんだよ。』




『……そう。』




『ゴメンな…。』




『何で謝んの?
当たり前のことじゃん!
私も[そろそろ奥さんに会いに行ったら?]って言おうと思ってたとこ!
やっぱり奥さんも初めての妊娠だし、不安なんだよ。これから週末は顔を見に行ったら?…ねっ?
もう奥さんのお腹大きくなってるかなぁ〜?
……楽しみだね〜!』




私は、何を動揺しているのだろう?




いやに口数が多くなって、自分でもおかしいって気付いた…。




吉沢さんはそんな私の話をじっと黙って聞いていた。




カレーを食べ終えて、借りてきたDVDでも見ようかと立ち上がったとき、吉沢さんに腕を掴まれた。




『…咲良。…今日、泊まってってもいい?』




真剣な顔…。




私達の少しずつ深まっている溝を埋める為……。




私達はお互いを確かめ合う…。

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