《MUMEI》
第五話:昴の夢
 試合の後に昴はマネージャーの葵に捕まっていた。
 一般的に見れば間違いなくかわいい部類に入る少女である。
 しかし、そんな少女もさすがに痺れを切らしたんだろう。
 告白の返事をもらいに来たのである。

「ごめんなさい。明日も試合なのに」

 葵はすまなそうに謝った。きっと自分の行為は、マネージャーとしては失格なんだろう。

「いや、マネージャーがここまで辛い思いしてたなら早く言うべきだった。
 ゴメン! 君とは付き合えない」

 昴は綺麗に頭を下げた。
 それが葵にとってとても残酷だった。

「どうしても、かな? 軽い気持ちでもダメなのかな? 私は構わないのに」

 ハラハラと涙が溢れてくる。
 そして、昴の意外な答えを聞くことになる。

「マネージャー、俺さ、バイオリニストになりたいんだよ」
「バイオリニスト?」

 突然の告白に少しだけ葵は驚いた顔をした。
 昴にバイオリンなんてものは少しミスマッチな気もするが、仁科家は音楽好きだ。

「うん。まだ美砂にしか言ってないんだけどさ、俺は音大を受験するんだ。
 そして世界に出るんだよ」

 昴はすごく生き生きした表情で話す。

「だから、こんなに大変な夢に対して軽い気持ちを持つこともしたくないんだ。
 マネージャーに対する気持ちもそれと同じなわけ。
 俺の軽さは人を傷つけてしまうからな」

 葵はやっぱり昴はすごいと思った。
 全国一の選手は、自分の想像をいつも超えていく。だからこそ好きになったんだと思う。

「そっか。だったら仕方ないよね。
 だけど最後に一つだけ聞いていい? 昴君の好きな人って」

 ふわりと二人の間に夕方の冷たい風が通り抜ける。
 昴はびっくりした表情を浮かべたが素直に答えた。

「・・・・正解」

 少しだけ照れた顔はまさに隠しようのない事実。
 葵は泣き止み、マネージャーとして忠告した。

「キャプテン! そろそろ帰りましょう。
 ちゃんとマッサージして食事と睡眠はしっかり摂ること!
 新ちゃん達と話し込んで夜更かししないで頂戴ね」
「ああ。ありがとう、マネージャー」

 キャプテンとマネージャーとしてのコンビは決して悪いものではない。
 恋愛感情抜きなら、いつまでも友人として付き合いたいと昴は思っていた。
 そして、それは昴が「晴天」というミュージシャン達と共演する歳になっても、変わることはなかった。
 その話は、六年先になる。

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